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2011年9月18日 (日)

久留米梅林寺関係僧逸話

禅文化研究所の禅門逸話集成より 抜粋・・・・・・・

ほとんど本よりの 抜粋ですが、少々 私の 手直しが 入っていますので 御了承のこと。。。。。

中原鄧洲(なかはらとうじゅう) 南天棒
 
江戸 明治 大正を生きた。。。 肥前の唐津の生まれ
諸方講師に歴参してのち 梅林寺の羅山の印可を得た。。。。
徳山の大成寺 松島の瑞巌寺 西宮の海清寺に住した 僧である。

“ 道い得るも南天棒 道い得ざるも南天棒 ”
有名な 言葉であるが なぜ 南天棒 なのか の由来

禅門逸話集成に 書かれているのを そのまま 書きます。南天棒の言葉で・・・・・

南天棒は俺がつけたのではない、人がつけたのだ。
二十九の年に、羅山より 印可を得たが、羅山は俺に 「病は一師一友のところにあり」という 虚堂の十病を説いて しきりに遍参をすすめられた。
これは先師の大恩で、もし俺が そのまま羅山のところ ばかりにいたら とても今日の南天棒はないのだ。
さて、羅山の命令により 遍参に出かけるとき 法戦は真剣勝負でなければ役に立たぬから、武具として かなり太い南天棒をこしらえた。阿蘇の山中からとってきた。
長さ六尺五寸(約二メートルくらい)太さがひとにぎりより余った。
これでぶったたけば たいていのやつは へこたれる。
深彫に【臨機不譲師】と彫りつけた。
この棒を下げて飄然と遍参にでかけた。趙州流で、我に勝れるもの 七歳の童子でも師とし、我より劣れしもの 百歳の老翁でも この南天棒で ぶっくらわす という意気じゃ。

日本国中のあらゆる師家(道場の老師)をかたっぱしから ぶったたいた。気に入らぬやつがあると 喚鐘を取り上げた。
しかし、これはいたずらに我慢勝他の念にかられたのではない。
真の大法の衰えたるを慨嘆し、相似の禅を打破するという報恩底よりほかならない。
良い師家と思うと 一夏(いちげ・・半年)以上掛錫した。庭詰めは なんぼ やったかわからん。始終南天棒を前に置いたものだ。そこで南天棒の名が高くなって、世間で俺の本名をいうものがなくなった、南天棒と呼ぶようになった。どこへ行っても南天棒と 呼ぶから、俺の方でも 南天棒と自称するようになった。。

まだまだ 逸話は続くのだが 書き込むのが 大変だから、あとは 禅門逸話集成を購入いただいて 自分で残りは読んでください。
 ちなみに 本の宣伝をしているつもりはありません。読んでると楽しいし 皆にも知ってほしいの 気持ちです。悪しからず。

梅林寺での 本にはない逸話が あるので ご紹介。

公案(禅問答の質問)に
 “ 千尺井中に座する底の人 寸縄を借らずして 如何がいだしえてんや ”
というのがある。。。私が四年目の頃に いただいた公案だ。
なかなかの難問で一ヶ月もかかって やっと 解いたのだが、その時に 老師より聞かされた。  南天棒は この公案を解くために 典座(台所)の井戸の上に座り、それでもわからないから 井戸の中に 飛び込んだと・・・・・・・今も その井戸は あります。

うひょ~~~~~っ  すごい人もいたもんだ。。。。私は 泳げないし ましてや 暗い井戸の中なんかに飛び込むなんて・・・途中で頭を打たないだろうかとか、有毒ガスがたまってないだろうか、毒蛇が居るかもしれないなどと・・・・・考えただけで 恐ろしい。 くわばらくわばら・・・・・・・