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2011年9月15日 (木)

一休・・釈迦もダルマもびょいひょい生む

禅文化研究所の禅門逸話選より

一休 ある時、木津川のほとりを歩いていた。折りふし 真夏のことであったが、ふと見ると ひとりの女人が素っ裸になって 川で水浴をしている。
これはこれはと 一休和尚 しばらくこれを眺めていたが、そのうちなにを思ったか、その女性の向かって 三度までも 礼拝をした。
そしてなにもなかったかのように涼しい顔をして立ち去っていった。
たまたま この風景を見ていた村人たちは 不思議なことに思い いろいろ詮索を始めた。
「 出家の身にありながら、婦人の裸に 三回も礼拝するとは 気ちがいでなければできないことだ 」と
「 いや、これにはなにか仔細があるに違いない。一休和尚を追いかけて 仔細を聞くのも一興だ 」と言って 一休を追いかけて その由を尋ねてみた。

しかし、一休は なにも答えずただ 一首歌をよんだ。
“ 女をば法のみ 蔵をいうぞげに 釈迦も達磨もひょいひょい生む ”

これを いやらしいなどと 思うがおかしいのだ。。。
 一休が 言いたいのは 天皇も総理大臣も 母なる体内から 産まれてきたのだ。だからこそ 礼拝したのである。。。。。
 女性とは ほんとに すばらしいのである。。。。だからこそ 男は女に夢中になるのだ。

まっ 私の 評論で申し訳ありません。。。。